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【体験談】子育てで1番つらかったことは何?いつ?どうやって乗り越えた?

子育てで1番つらかったことは何?どうやって乗り越えた?
子育てをしていると、つらくて行き詰まってしまうこともあると思います。
誰かに助けてほしいと思っても、頼れる人も相談できる人もいなかったり……。
そんなときに、頼りになるのが先輩パパママの体験談。
子育てでつらい時期を、先輩パパママはどうやって乗り越えてきたのでしょうか?
孤独な子育てがつらくて、自治体に相談
私が子育てをしている中で一番つらかったことは、毎日赤ちゃんの世話ばかりになって、大人と満足に会話できなかったことでした。
これは、上の子を出産して2ヶ月から5ヶ月くらいのことです。
朝、夫を送り出してからはずっと赤ちゃんと過ごす生活になりました。
出産後ひと月くらいの時は、実家の両親が様子を見に来てくれたり、独身時代の友達が赤ちゃんに会いにきてくれたりしたので、大人と会話することがありました。
それを過ぎると、1日中家にいる生活が続いて、気持ちが沈んでいたのを覚えています。
結婚して引っ越してきた場所だったので、知り合いもほとんどいません。
「このままだと、自分がどうかしてしまう」と思った私は、市の広報に載っている子育てコールというところに電話しました。
すると助産師さんが、子育て支援サポーターを私の家に派遣する手配をしてくれました。
サポーターの方が訪問してくれて、そこで大人と話すことができたり、赤ちゃんのお世話で硬くなった身体をほぐす体操などを教えてくれました。
数回訪問してくれて、次第に私も前向きに子育てに取り組むことができるようになりました。
「あの時行動を起こして、本当によかった」と思っています。(さやかさん)
離乳食を食べてくれない日々が1ヶ月続いて……
長女が0歳の頃。
「ママやパパが食事中に、それを見た赤ちゃんがお口をもぐもぐし始めたらそろそろ離乳食の開始の時期」と言われていて、0歳7ヶ月も過ぎていたので、いよいよ離乳食を始めることにしました。
母乳の出がイマイチだったのか、この頃体重があまり増えなくなっていたのですが、「もうすぐ離乳食が始まるから、ミルクを出すほどでもない」と小児科の先生からも言われていた我が子。
「離乳食を食べてくれたら、ぐんぐん成長するかもしれない!」と、この時期が来るのを楽しみにしていました。
ほんの少しのごはんをお鍋に入れて作った、初めてのおかゆ。
ごはんが始まるまではきゃっきゃしていたのですが、いざ口に入れてみると、初めての固形物というのもあり、不満げな表情に一変。
でも、初めてなんだからそれは当たり前のことだと思い、「また明日食べようね」と、笑顔でごちそうさま。
しかし、そんな日々が1ヶ月も続いたのです。
少し口にしたかと思うと、すぐに口から出したり、反り返ったり。
エプロンにこぼれたお水やおかゆも床にこぼれたり、お顔にかかったり、とにかく離乳食がなかなか進みませんでした。
大人げない私は、「せっかく作ったのに今日も食べてくれない」と思うと、辛さと共にイライラも溜まってしまい、本当につらかったです。
イライラしながらもそんなことを繰り返していると、ある時ふと飲み込むコツを掴んだのか、どんどん食べるようになりました。
今までと変わったことは特になかったので、もしかしたら、成長の時期だったのかもしれません。
今ではたくさん食べる元気な子です。
月日は流れ、今は次女がまさに離乳食にチャレンジ中です。
長女同様まったく進まないのですが、「時期がきたら食べるだろうなぁ」という見通しが立っているからか、ほとんどイライラしません。
「育児書などの子育て情報は、目安に過ぎない」とは思っていても、やっぱりその時期にできないと焦ってしまっていました。
でも、「いつか出来るようになる」とドンと構えて、穏やかに育児ができるようになりたいなと思っています。(みーとなさん)
激務の夫が家でピリピリ。気を遣いながらの育児
私が子育てで1番つらかった時期は、第一子が0歳〜2歳の頃です。
夫の転勤で引っ越した場所で、誰も知り合いがいない状態からの子育てのスタート。
夫はかなりの激務で、家事育児を頼れないどころか、家でもちょっとしたことでイライラピリピリするので、夫の気に障ることをしないよう神経を擦り減らしながらの子育てでした。
夫がテレビを見ながらくつろいでいるときに泣き始めたら、家で一番音を防げそうな脱衣所やお風呂場に移動したり、食料品などの買い出しに連れて行ってもらったときは、子供をあやしながら最短ルートで買う物を決めたり。
本当は一緒に子供をあやしたり、一緒に「何が食べたい?」などと相談しながら楽しく買い物をしたかったのに、あの頃は常に夫を怒らせないようビクビクしていました。
転勤前はもっと明るくて優しかったので、「私や子供のせいでイライラしているのではないか」「もう優しい夫に戻らないのか」と、気に病むことも多かったです。
「このままではつらすぎる」と思った私は、SNSなどで近所に友達を作ったり、支援センターに行ったり、一時保育を利用したり、仕事を見つけて子供を保育園に入れたりと、孤独で病んでしまわないよう自分なりにがんばってみました。
おかげで少しずつ楽しい時間も増え、孤独で病むことは回避できました。
また、ママ友に少しずつ夫の話をすることで「自分が悪いわけではない」と思えるようになったのも良かったです。
そして夫はどうなったかというと、子供が3歳の頃に他の場所に転勤になってからは、イライラピリピリムードが嘘のようになくなって、すっかり優しくなりました。
忙しさは変わらないので、人間関係や環境が合っていなかったのでしょう。
ときどきイライラしていることもありますが、昔のような威圧感はなく、後で「イライラしてごめん」と自分から謝ってくることも多いです。
あのとき、「自分のせいで夫が変わってしまったのでは」と自分を責めてストレスをためるのではなく、「人間そんな時期もあるよね」と気軽に考えられれば良かったのかもしれません。
自分で人間関係を作ったのは、我ながら良かったなと思っています。(おまんじゅうさん)
年子の子育てでつかんだ、ストレス軽減のコツ
子育てで1番つらかった時期は、2人目を出産した直後でした。
ありがたいことに、年子で子供を授かることができましたが、2人目を出産した直後は「こんなにも年子育児は大変なのか!?」と感じたのを今でも覚えています。
上の子と下の子は1歳7ヶ月離れており、2人目が生まれたばかりの頃はまだまだ上の子に手がかかる盛りでした。
下の子は当然お腹がすいたり、オムツが汚れていたり機嫌が悪いと泣いてしまいます。
それに加え、上の子も甘えたいのに甘えられなかったり、自分の思い通りにならないことがあると泣きます。
2人同時にぐずってしまうことが本当にしょっちゅうあったので、「しんどいな~」と思うことが多々ありました。
思いっきり抱きしめてあげて落ち着かせようと思っても、手が2つしかないので一人両手で2人をギュっと抱きしめるしか方法がありませんでした。
時には下の子を膝の上に寝かせて落ち着かせ、上の子は片手で抱っこするなんてこともありました。
そんな日々で心掛けていたことは、泣くのは子供の仕事なので、それをいちいちストレスに感じないこと。
2人同時にぐずってしまったときは、いつも「おもいっきり気持ちをぶつけていいよ!」と子供たちのあるがままを受け止めるようにしています。
そのおかげもあってか、イヤイヤ期もなく、私のストレスも多少は軽減されたのではないかと思っています。(さっちゃんさん)
双子の育児で、毎日2時間睡眠
私には一卵性で双子の娘がいます。
あともう少しで5歳にもなります。
初めての子供が双子だとわかったとき、正直不安しかありませんでした。
「子育て経験の無い私が、ちゃんと双子を育てられるのか」と思うと、とても怖かったです。
私の不安は的中。
双子の夜泣きに全く対応できず、本当に苦労しました。
一人が泣き止んで寝ても、今度はもう一人が泣き出してしまい寝る暇がありません。
30分以上抱っこして、やっと下ろせると思い布団に下ろすと直ぐに泣かれてしまい、本当に辛かったです。
あの時は平均の睡眠時間が2時間位で、仕事中に立ちながら寝ていました。
それが0歳から半年は続きました。
あの当時は精神的にも限界が来てしまい、何もしなくても涙が溢れてくる状態。
私は母親を早くに亡くしたので、助けを求める事もできず、本当に辛かったです。
経験した今だから懐かしむ事が出来ますが、テレビでは子育てに悩み苦しんだ結果、子供を殺めてしまうニュースもあります。
「もしかしたら私もそうなってしまっていたかも知れない」と思うと怖いです。
子育てで辛いのは、睡眠不足が何ヵ月も続くことに加えて、悩みや苦しみを相談出来ずに独り苦しむことのように思います。
独りきりで苦しむことがないように、家族、友人、自治体、民間の家事代行サービスなどに助けを求めることが必要です。
決して「甘え」ではなく、子供にとっても必要なので、ぜひ積極的に声を上げてください(umeさん)
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股関節脱臼で、24時間装具を装着
子育てをしていると、「あぁ、なんて大変なんだ」と思う時が何度もあります。
泣きそうになることもありますし、実際に涙が流れたこともあります。
しかし、しばらく経ってから振り返ると「そんなこともあったなぁ、懐かしいなぁ」で済むことがほとんどだったりします。
そのような中、今でもやっぱり「あの頃は大変だったな」と思うことがあります。
それは子どもが生後2カ月に入った頃のことです。
母子手帳には「生後3か月後半になったら、股関節脱臼の検査を受けましょう」と記載されています。
その項目を目にしたときから「もしかしたら」という不安がありました。
生後間もなくからオムツ替えのやりにくさを感じていましたし、いつも両足が同じ方向を向いていたからです。
生後2カ月になった頃、子どもの股関節に決定的な違和感を覚え、地元の保健師さんに相談し、その足で整形を受診しました。
検査結果では「股関節形成不全の疑いがある」と言われたものの、気が付いた時期が早すぎたこともあり、一か月後の再検査を言い渡されました。
その後、子ども専門の大きな病院に紹介状を書いてもらい、その結果「股関節脱臼及び臼蓋骨形成不全」の診断を受けました。
治療ができる最低年齢であったため、主治医からの「よく気が付きましたね」という言葉に思わず涙が出そうになりました。
結果が出るまでの期間もつらいものでしたが、実際の治療もつらいものでした。
生後3か月頃に入り、ようやく朝まで寝てくれる日が出てきた矢先の治療。専用の装具を24時間装着しての治療に、子どもの夜泣きや寝ぐずりは復活し、装具を装着していた4カ月間は親も子もクタクタでした。
装具を卒業した後も、寝つきの悪さはなかなか改善されず、1歳前後まで朝まで一度も起きずに寝たという記憶はありません。
それでも、子どもの股関節が順調に治っているという事実を糧にひたすら過ごしました。
今は経過観察期に入り運動制限もありませんが、股関節脱臼の経過観察は、15歳頃まで続きます。
子育ての大変さは、人それぞれです。
私は子どもの股関節脱臼という経験を通して、「本当に頑張らなきゃいけないときと、少しくらい手抜きをしてもいいときを見極めて、自分の中で上手にやりくりしよう」と思いました。
子育てはロングランです。たまの息抜きはとても大切だと思います。(あずまきさん)
家族、友人、自治体などに助けを求めよう
子育てで1番つらかったときに、自分1人で乗り越えられた方もいらっしゃいましたね。
ご本人のがんばりはもちろん素晴らしく、「おつかれさまです!」という気持ちでいっぱいですが、もし何かの不運が重なっていたら、もっと大変なことになっていたかもしれません。
息抜き、手抜き、ストレス解消、家事や育児の工夫で乗り越えなければ、迷わず誰かに助けを求めましょう。
家族や友人に頼れない場合は、自治体に連絡をしましょう。助産師さんや保健師さんなどを紹介してもらえます。
1人で子育てをがんばりすぎないでくださいね。